UNBROKENたりえるのか
まずはオネノプくん、大阪と東京公演お疲れ様です。ファンコンと言いながらも普通のコンサートに引けを取らない曲数、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました。
うつ病ダイバーシティ(小林聡幸著、金原出版)というエッセイで、こんな一文がある。
「私はそれを失ったが、それの何を失ったのかがわからない」
書籍が手元にないので一言一句正確な文章ではない。だが、私は、オネノプくんの何を失ったのかわからない。
2025年11月に発売されたUNBLOKENは、アルバム制作がMONOTREE(モノツリ)主導ではない初のカムバックだった。
デビューから前作(ONF:MY IDENTITY)までタイトル曲を担当したファンヒョンさんは、いずれの曲のクレジットにもいない。WMのウォンミンCEOは今年8月に退任した。
私生活やらなんやらで事務所とメンバーが燃えて、数日経った後に謝罪文を出して遅すぎるとまた燃えた。
思えば、同伴入隊に再契約、兵役中のアルバム発売、除隊後の完全体でのカムバック。夢のような、してほしいことは全部してもらったと思う。世の中は諸般の事情で叶わぬグループばかりだ。
今年の初めは良いスタートだったと思う。アルバムの売上枚数はオネノプくんの初週で一番高かったし、音楽番組で一位も取ったし、MVも回ったし。
Part1というから2が出るのだろうと待っていたら、一向に出なかった。初夏に出すのかな?からソウルコンで初披露かな?まで経過して、そのうち、再々契約や私生活の話でオタクコミュニティ(FUSE)が燃えに燃えた。Part2でもないUNBROKENアルバムにファンヒョンさんはいなかった。
夏頃から、私は何を失ったのか、と自問し続けてきたように思う。小さいながらも穏やかで愛情深いファンダム。駆け出しの頃と同じように仲良く宿舎に住み続けるメンバー。私が愛する音楽を作り続けてきたモノツリ。オネノプくんに対する私の気持ち。
全てが変わったわけではないので、全てを失ったわけではない。オネノプくんもファンダムもあるし、アルバムはなんにせよ発売されたし、何より声は同じだ。
メロディに乗った彼らの声が、彼らの体から発せられている。顔も性格も(もちろん年月とともに多少の変化はあれど)、オネノプくんはオネノプくんのままで生きている。
それでも、新しいアルバムの名前がUNBROKENだったことは、私を困惑させた。何をもってして壊れていないと定義できるのだろう。ファンヒョンさんがいないアルバムなのに。REBORNとかRESTARTの方がまだ納得できた。RBWに怒りは覚えただろうけど。
コンサート前まで本当にそんなことをずっと考えていた。公演前日にようやくアルバムを全曲聴いて、脱力感を覚えながらも会場に向かった。
なんでビュビュやチュムチョに寄せたんだろうと率直に思った。
オネノプくんのモノツリ曲が好きだったとか、これはいつもの製作陣じゃないとかの先入観なしで聴いたら、別に普通の五曲だと思う。私にとってすっごく好みの曲があるわけじゃないけど、別に普通のKPOP。それがUNBROKENということなのだろうか。
公演を観ながら、なんか端の席(3階)だったので本当に静かな頭で観ながら、オネノプくんという存在を固定されたものとして考えすぎだったのかもと思った。花瓶とか。だから騒動のたびにひび割れていったイメージがあった。
実際は、6人と会社とモノツリと、いろんな要因が、柔らかな球体みたいに反発したり引き寄せあったりしてその姿を変えている。ひび割れはせずとも、その姿が一度変わったら戻ることはない。だからまあ、UNBROKENではあるのかな、と理解はできた。確かに壊れてない。
Love effectの「遥か未来でそれぞれの世界で違う格好でも そしてまた次の惑星で巡り合うと約束して」という歌詞には、ここって次の惑星だったのかも?と思った。でも私は前の惑星を愛してたよ。
最後に披露された曲はビュビュだった。ビュビュって本当に泣けるくらい良い曲なんですよね。
「살아 있다 우린 꿈을 꾼다 우린 아름다운 우리 여기에 있다(生きている僕たちは、夢を見る僕たちは 美しい僕たちはここにいる)」って歌詞。
本当にそう! 全てを包んでしまう歌詞ゆえに、苦しむ私すら逃れられない。こんなに残酷で優しい曲だったとは知らなかった。
コンサートを終えてなお、UNBROKENなのも、変化が否応なしに起こるのも認めるから、せめて(せめてどころではないが)ファンヒョンさんに戻ってきてほしいと駄々っ子のように願っている。再々契約の話はどうなったのだろう。ユトを筆頭にメンバーたちは前向きな発言をしていたけれど、RBWにそこまでの甲斐性があるのだろうか。
まさか、何を失ったのかわからないまま、その喪失感だけを抱えて生きていかねばならないのか。
退職、そして地底河川へ
退職しました♡ オメデトー!
雨季が6月から始まるので、あわててフィリピンに行きました。世界遺産の「プエルトプリンセサ地底河川」が目的です。

「プエルトプリンセサ地底河川」はパラワン島の北部に位置する洞窟の名称です。洞窟を流れる河川の中では世界最長で、全長8.2kmを誇ります。(ツアーで行けるのは1.5~2kmとか) ※フィリピン政府観光省HP
『世界遺産』(TBS)で見て以来、ずっと行きたかった世界遺産でした。
下記、もろもろの詳細です。
ざっくり費用で10万円 (1ペソ=3.5円で換算)
成田↔マニラ 3.5万円
マニラ↔パワラン島空港 3万円
パワラン島ツアー 8,000円
ホテル(三泊) 1万円
交通費 8,000円
飲食 2,000円
お土産 5,000円
海外保険 2,000円
移動手段は主にGrab(Ubar taxiの東南アジア版)を使いました。現地の物価からしたら高めの料金でしたが、観光客が乗っているとは外からわかりにくいので安全度は高いです。助手席ではなく後部座席に乗るようにしていました。
用意した方がいいもの
・チャックが付いているショルダーバッグ
・小銭入れ
・近所のコンビニに行く服
・セキュリティーポーチ(腰巻きタイプ)
・スマホストラップ
ショルダーバックの上から上着を羽織ることで、ひったくり防止になります。セキュリティーポーチは高額紙幣・パスポート・クレカを入れておき、寝る時も外さないようにしました。
服は何の変哲もないTシャツを数枚持っていきました。腕時計も100均で購入し、アクセサリー類はすべて外しました。
用意すべきだったもの
・戸籍謄本
・クレカのコピー
・スキミング対策
・シーツカバー
・狂犬病ワクチン接種
・税関のネット申請
戸籍謄本は国外でパスポートを失くした場合、再発行がスムーズになります。
シーツカバーはノミやトコジラミ対策に必要だったと思います。あと観光客向けには洗濯洗剤を多量に用いるのがマナーと思われているのか、半ズボンで寝たらふくらはぎが猛烈に痒くなった(今もちょっとかゆい)のでその意味でも上に重ねるものが必要でした。
気を付けること
・日が落ちたら外に出ない
・高額紙幣を街中で出さない
・車、バイクと同じ進行方向を歩かない、車道に近づかない
・犬に近づかない
車道と同じ方向を歩く歩行者は、向こうからするとひったくりやすいです。できるだけ反対方向を歩きましょう。

野良犬がそこかしこにいるので、どれだけ気を付けていてもすぐそばに犬が来るタイミングがあります。そこでビビったりしない。目の前を見据えて歩くスピードを変えずに直進します。
実際には飼い犬が外飼いされていることもあるようですが、首輪がないので野良犬と見分けがつきません。狂犬病ワクチンもおそらく打たれていません。
※噛まれた場合はすべての予定を放り投げて医療機関でワクチンを接種することになります。日数を置いて数回接種が必要になるはず。
リードが付いていない、人間の統制下に無い中型犬を街中で見かけるのはかなり怖かったです。台湾旅行でも中心エリアから離れたところで数匹見かけたことはありますが、その比ではなかった。
フィリピンの危険情報
日本の外務省は、フィリピンの危険レベルをレベル1「十分注意」~レベル3「渡航中止勧告」に定めています。
マニラ含む大体の地域はレベル1(黄色)ですが、プエルトプリンセサ空港があるパラワン島の南部はレベル2「不要不急の渡航中止」になっています。
※ちなみにベトナムは危険情報なし、タイも9割の地域で危険情報なしです。(2025年5月現在)

2000年代よりも治安は良くなったという評価をネットでよく見かけましたが、実際に現地に行って思ったのは「油断したらやられるぞ」でした。
スケジュール
5/13(火) 成田空港→マニラ空港→プエルトプリンセサ空港
5/14(水) 地下河川ツアー参加→マニラ空港
5/15(木) マニラ散策
5/16(金) マニラ空港→成田空港
マニラ空港の印象:薄暗!!

写真だとわかりにくいんですが、昼間到着の便でも空港全体がうっすらと暗かったです。どれだけ節電するつもりなんだ?というくらいボンヤリしてるスーパーが真夏の日本でもありますが、それの大拡張版でした。
PMS+飛行機内でのトラブルによりすでにメンタルがだめだめでしたが、二時間後にプエルトプリンセサ空港行きの飛行機が出発するので、ニノイ・アキノ空港内で時間を潰すことにしました。エアアジア航空はおすすめしません。
換金とeSIMの切り替え、宿泊場所の下見を終えてJollibeeへ。フィリピンではマクドナルドを凌ぐご当地ファストフード店です。フライドチキンが有名なので食べてみたかったのですが、あいにく売り切れだったため45分並んでハンバーガーを買いました。

同じチキンだしすごく美味しいのでは!?と期待したのですが、私の勘違いでなければ遠くで排気口が手を振っている味でした。結構がっかりしつつ完食。
三日目に再チャレンジしたら確かに!おいしかったです。給食のミートソースソフト麺とサクサクジューシーなチキンでした。チキン、おいしかったな~…。韓国人のフライドチキンオタクに一回食べてみてほしい。

マニラのホテルについて、歩いていける距離だよ!とBooking.comでホストからメッセージがあったのでそうか歩いていけるのかと下見に行ったらとても歩ける場所ではなく、Grabを使うことを決めました。
国内線だからかユルユルの保安検査を通過して搭乗口のアナウンスを待ちます。結局一時間遅れでプエルトプリンセサ行きの搭乗が始まりました。ときおりビカーッと閃光が走る空とゴロゴロと轟く雷鳴。スコールって雨季だけじゃないの!?

ピザのあのでかくて平べったい箱を持ってる人やドーナツを大量に持ってる人と一緒に搭乗します。着席するとエアミストが上から降ってきて肌寒い。スマホの充電コードをセロハンで何重にも補強した少年の隣で、飛行機がやにわに動き出すのを感じます。速い速い。ちょっと滑走路を走ったかと思うと急激な上昇負荷がかかります。今までの飛行機で聞いたことない音が大音量で流れ続け、それがエラー時のビープ音みたいで、遠くで雷は光るし、機内はガタガタ揺れるしで、人生で初めて気を失いかけました。あ、死ぬのか…。
一時間遅れたのに到着は30分の遅れというスピードでプエルトプリンセサ空港に着きました。小さな空港なのであっという間に外に放り出されます。ホテルに送迎を頼んでいたので何事もなく空港近くの宿泊場所へ。
車内から見える景色が数年前に行ったケニアそっくりでしたが、この素朴な感想は出力していいものなのか?といまだに悩みます。文化的背景や現地の事情を知らずに、こっちのおもちゃとあっちのおもちゃは似てる!と無邪気に言う子どもみたいだと自分でも思います。

400ペソ(高い!)でホテルに連れてってもらいました。この一室が独立して建っており、この外にはゲートを挟んで道路があります。ガタついたドアノブとつまようじ程度のかんぬき二つが私のセキュリティの要でした。ゲートは外からでも容易に開けられるようになっていて、私の部屋はその正面に位置しています。
シャワーを浴びた後さっさとツアーの準備をして寝ようとしましたが、当然寝られるわけもなく、何度も寝返りを打ちました。エアコンを長時間稼働すると危険という張り紙があったので消すと、それまで聞こえなかった時計の秒針が進む音と、5~12秒間隔で道路の砂利が踏まれる?音が耳に入ります。
この音が恐ろしくて何度もカーテンから様子を見ましたが、音の発生源はいつまで経っても移動せず、最後まで何の音なのかわかりませんでした。何度目かの様子見で野良犬が通り過ぎるのを目撃して恐怖に震えていると、遠吠えや犬同士の喧嘩が断続的に聞こえます。洗濯洗剤のせいかふくらはぎが痒く、大げさな香料が鼻につきました。枕に自分のタオルを引いて、それからようやく眠りました。
※この文章を書いてる間に外務省の渡航情報を見直したところ、ホテル周辺に不要不急の渡航中止勧告(レベル2)が出ていたことに気付きました。滞在中、プエルトプリンセサ空港周辺はレベル1だと思っていたので、レベル2だと知らなくて逆に良かったです。
明け方、気の狂った鶏が鳴き続けるので早々に起床して準備を整えます。手持ち無沙汰で待っていると、7時前にツアーバスがホテル前まで来ました。

参加したツアー:Trip advisorのプエルト プリンセサ シティ発 地下河川日帰りツアー
車内は20代前半の白人9人+黄色人種俺一人の構成でした。ツアーバスは一日に何便も出ているらしく、フィリピン人っぽい風貌の観光客も地底河川近くではよくすれ違いました。
時速120kmは出ているであろうバスに揺られながら地底河川のある国立公園へ向かいます。乗り物酔いするタイプじゃなくてよかったと心から思いました。

途中休憩を挟みながら船着き場まで行きます。ここから小型のボートに乗り換えて、いざ地底河川!

20分ほど乗っていると、だんだん別の島が見えてきます。地底河川です!
砂浜を少し歩いて、別のボートに乗り換えます。

先頭争いに負け、ボートの二列目に着席して日本語のオーディオを装着します。スタッフがいっせーのででオーディオの再生ボタンを押してゆっくり動き出す船。入ってしばらくの間は現実のこととは思えず、ディズニーのアトラクションに来たのかと錯覚しました。岩肌も川の色もフィクションめいている。
こういうのを参考に世のアトラクションは作られているはずなのに、フィクションの方を先に経験しているためにあべこべな感想を持ちました。とはいえ、しばらく進むとだんだん没入していきます。
うるさいオーディオを外すと、コウモリ一色の世界です。視界をちらちらと黒い固まりが行き交い、ピィピィという鳴き声や幾重にも重なるはばたきの音が聞こえます。たまに川底にオールがぶつかるのか岩が落ちるのか、遠くでドォンと鈍い音も。特別臭いはせず、人間の体臭の方が強かったです。

ボートは約30分地底河川を回ります。奇妙な形のままへばりついたように見える岩、浸出液みたいに垂れさがる岩、蝋燭の溶けかけみたいな岩、岩、岩!
大聖堂はぐるりと見渡すほど広く、石筍は私の目の前にそびえ立っていました。天井が一番高い場所まで行くと、ガイドがヘッドライトで上を照らします。そのときの感情を今まで自分でもつかめずにいたのですが、ここで大の字になって浮かんでみたい、と思ったのでした。
今でもあの場所をありありと思い出すことができます。なんとなく、魂の一部をそこに預けてきたような気持になり、そういう人間たちの思いがあの洞窟の一番高いところに寄せ集まって息をひそめているのだろうと思います。

地底河川ツアーが終わった後、韓国料理+フィリピン料理の謎コンセプト店でランチを終え、マングローブツアーとジップライン体験に移動します。ジップラインは何かあった時に保険が降りるかわからなかったので辞退し、マングローブツアーに参加しました。
ツアーガイドには600ペソ(2000円強)と言われていたのに、実際支払ったら350ペソでした。謎。幸運なことにカワウソがいたらしいのですが、私の視力では見つけられず。マングローブの張り巡らされた根ではクロコダイルは生きられないと言うので、安心してボートに揺られました。

腐ったココナッツの実が流木に引っかかっているのを見て、中身を一口でも飲んだら死ぬのだろう…と最近のニュースを思い出したり(※)、オールが水面を打つ音ってヒーリング効果があるんだなと発見をしたり、今回の旅で一番穏やかな時間でした。
ツアーの最後、ツアーガイドが自分の部族の歌を披露してくれて終わりました。
待機場所に戻るとまだジップラインをやっているとのことなので、辺りを散策してみると林の端っこにマングローブの赤ちゃんが植えられていました。見渡してみると、その付近は若いマングローブが人の手で植えられており、どうやらかつてのマングローブ林を取り戻す活動が行われているようです。
そのあとは押し売りにきた現地の人と半ば強引に会話が続き、日本人?アニメ好きだよ!ワンピース!呪術廻戦!このネックレスいらないか?というラリーが数回続きました。結婚してるのか?と聞かれて独身と答えるとなんとも言えない顔。なんスか?

ツアーの全過程が終了したので、バスに乗ってホテルに戻ります。途中から寝こけ、気付いたら最初のホテルに着きました。ドライバーとツアーガイドにチップを払う必要があるのか気がかりでしたが、最初のイギリス人2人がそのまま降車したのでチップは不要と判断しました。
ホテルの到着時間(15時過ぎ)から飛行機の搭乗時間(20時)まで時間があったので、一人で散策することに。ホテルのホストが出迎えてくれたのでビーチまで観光客が歩けるか聞くと、歩けるよ~と軽い返事。大通りを右に曲がってしばらく歩けばいいと言われたので歩き始めたのですが、これは危険じゃない…!?と感じてトライシクルに乗ることにしました。

なにせ観光客なので、黙って立っていればものの数秒でトライシクルのドライバーが話しかけてきます。というか今さらなんですけど、フィリピンって女性を呼ぶときに「maam(発音はマアム)」って話しかけるんですね。
50ペソ(200円)でビーチまで連れて行ってもらいました。料金を提示される前に50?と聞いてよかった。

ここでもマングローブ林が点々と生えていました。その間を縫うように子どもたちがカニを捕まえたりキャッチボールしたりして遊んでいます。

人生で見たことないくらい大量のカニが湧いており、カニ恐怖症になるかも!と思いました。30分ほどうろつき、日が落ちる前にホテルに帰ります。同じようにビーチからちょっと歩いてトライシクルに乗ってホテルに帰着。
当初の時間より早めに空港へ行くことになったので、車のドライバーがいないということで隣家の人を呼び出すホスト。トライシクルのドライバーらしく、空港に連れて行ってもらえることになりました。ホストにはいろいろとお世話になったので100ペソを渡しました。ホストは100ペソ紙幣を見た途端、驚くほど晴れやかな笑みを浮かべ、一応の拒絶(No, No...^^)をして受け取りました。あ、フィリピンの人って笑ってくれるんだ…と思いました。
ついでに空港までの料金もドライバーと交渉してくれたら嬉しいなと思いましたが、そうもいかず自分で交渉することに。相場は150~200ペソらしく、150と聞いてみると意外とあっさり了承されて拍子抜けでした。もしかして最初の送迎で400ペソ払ったのぼったくられた?
大事なスーツケースはトライシクルの荷台に紐で括りつけられ、10分ほどで空港に着きました。150ペソを払って空港に向かおうとするとドライバーが固まっている。不思議に思って近づくと、500ペソ紙幣を誤って渡していたのがわかりました。謝罪しつつ150ペソを渡して無事に解散しましたが、あそこでラッキー♪と去っていく人でなくてよかったです。

オンラインチェックインした画面を見せて空港内に入り、ぼや~っと待ちます。ダンキンドーナツとコーヒー(二つで100ペソ)がおいしかったです。小さい空港なのでゲートの迷い子になる心配もなく、晴天だったので遅延も発生していませんでした。
無事マニラに戻ってホテルに着きました。ホストに案内されて部屋を開けた瞬間、キッチンに黒いヤツが見えたのが悪夢の始まりでした。実際に見えたのは一匹だけでしたが、もう気が気ではない。私は常日頃からヤツを恐れています。
ホストにメッセージを送ると「フィリピンの夏だから。殺虫剤はシンク下にあるよ!」と返信が返ってきます。ヤツを嫌悪する人なら理解してくれると思うんですが、例え姿が見えなくても「いるかもしれない」エリアには絶対入りたくない。殺虫剤のあるキッチンはすでに立ち入り不可となったため、私になすすべはありませんでした。
シャワーを浴びて部屋中の電気をつけ、虫よけスプレーをベッドの周りに噴射し、アイマスクをして寝ました。
翌朝、すぐに次のホテルへ移動します。ああ、後にも先にもフィリピン滞在中で一番優しかったホテルカウンターの女性スタッフ。Grabをここに呼んでいいか聞くと、笑顔で頷いてくれて、スマホの画面をちらっと見てそこじゃないよ!と正しいピン場所を教えてくれます。外で待ってようと出ていると、ロビーで待っていろと手招きしてくれる。ドアマンも車のナンバーを確認して一緒に待ってくれました。

40分ほどGrabに乗り、マカティ(中心地)のホテルでチェックインしてスーツケースを預けました。初日に振られたフライドチキンを食べるべく、Jollibeeに行きます。
独自の交通ルールに基づいて縦横無尽に走る車の群れを避けながら道路を渡ります。遠目に信号機が見えて希望を感じましたが、電気が通っていませんでした。

冒頭で書いた通り、フライドチキンが超うまかったです。
ふたたびGrabに乗って向かう先はスペイン統治時代の名残であるイントラムロスです。マニラ大聖堂やサンアグスチン教会(これも世界遺産)を見ました。後者はチェコで見た教会に似てるな~という印象でした。
サンチャゴ要塞は日本人として見る必要があると思いました。昔はスペインやアメリカ、第二次世界大戦中は日本軍が使用していた軍事的な施設です。入場口で受付員にJapan?と聞かれたので是と答えたところ、フウン…という表情をされて気まずかったです。

地下牢内は撮影しない方が良いだろうと思ったので、入り口だけ撮りました。ここで多くのフィリピン兵が日本兵によって拷問され、死後はその死体を無造作に積み重ねられました。街中での惨劇を含む、そういった写真がA3ほどの大きさで10枚ほど飾られており、日本兵が行った数々の残虐行為を認識することができました。
以前上海に行ったとき、ホステルで出会った中国人男性に行き先を聞かれ、それが南京の近くだったため、それなら絶対に南京大虐殺記念館に行かないと!と言われたことが記憶に残っています。行くべきだったという後悔も。朗らかな男性でしたが、その時ばかりは強い口調で日本人である私に訴えかけていました。
今回サンチャゴ要塞を訪れたことで、そうしたある種の無念が多少なりとも払われたような心地です。自分勝手な思いですが。
地下牢の最後に水が溜まっている箇所があり、よそ見をしていたので思い切り左足が淀んだ水たまりにハマりました。ぐっちょりと濡れた靴下を見て嫌な気分になりながら前を向くと、等身大のフィリピン兵の人形が、ふくらはぎまで水に浸かってこちらを見つめていることに気付きました。
ここで起きたことを忘れたわけじゃないだろう。そう言わんばかりの眼差しに、急かされるようにして地下牢を出ました。

お土産を買いにGreenbeltに行きました。が、とてもドライマンゴーとか売ってる雰囲気じゃなかったのでローカル寄りと聞いていた隣のモールに行きました。連絡通路への行き方が分からなかったので警備員に聞くとわりと笑顔で教えてくれました。
ここで嫌なことに一つ思い当たったのが、私が好むコミュニケーションとは、他国の搾取に成功した国々が共通して持ちうる文化なのでは? 私が道を聞いた警備員は、平均年収75万円(※)の、大勢のフィリピン人とは縁のない場所を警備するスタッフだった。PRADAやルイヴィトン、フェラガモが並ぶフロアの。迷いすぎて違うスタッフにも聞いたが、そのスタッフも笑みをこぼした。
満面の笑顔でなくて構わない、少しの笑みと知らん人間(私)が間違えそうだったらちょっとしたアドバイスをくれる優しさをください…。う~ん…。ちょっと考える必要がある。

隣のモールでドライマンゴーやらバナナチップスやらを購入して、フードコートでよくわからない汁と豚肉?を焼いた串を食べてホテルに戻る。
久しぶりに8時間ほど熟睡し、周囲をちょっと散策してから早々と空港に向かった。Grabで移動中、よく喋るドライバーとなんやかんや話す。フィリピンでは幼いころから英語とタガログ語を学ぶらしい。
夫はどこにいるんだと聞かれたので独身だと答えると、中年のドライバーはフィリピンの彼氏は作らないのか?と。35歳を過ぎると子どもが何とかと言い出す。曖昧に相槌を打っていると、日本に行ったらお前はいるのか?名前は○○で合っているよな?と続いたので、嫌な予感がしてI have a boyfriend!とニカッと笑ってみせた。フィリピンでLGBTQA+が生きるのは大変そうだ。

行きが第三ターミナルだったので、帰りも第三ターミナルからと思い込んでいたら出発するはずの便がモニターに表示されていなかった。エアアジアのカウンターでわやくちゃになり、最終的に私が乗る便はZipエアであることが判明した。這う這うの体でインフォメーションに聞いてみるとZipエアは第一ターミナルだという。この時点で大焦りである。
スーツケースをひっつかんでターミナル間のバス乗り場まで走っていると、途中でなぜか合流したおじさんがターミナル2?と聞いてくる。反射的に1!!と答えるとカモン!と勢いよく別方向に駆けだしたので着いていこうとしたが、これはタクシーのぼったくり手口なのでそもそも引っかからないように気を付けてほしい。
引っ掛かりかけたがなんとかバス乗り場に到着して出発を待つ。本当に出発しない。ようやくターミナル2に着いても本当に出発しない。結局ターミナル3からターミナル1まで30分かかり、もしZipエアがやっぱり第三ターミナル発でしたなんてことになったらと考えていた私は顔面蒼白だった。
前日、ドライマンゴーの売り場を店員に聞いたのだが、三人目でようやく正しい売り場を知っている人に出会ったのが記憶に新しかったせいだ。バスに乗ってから自分でもZipエアのサイトでニノイ・アキノ空港の発着場所はターミナル1と記載されているのを確認したが、それでも気が休まらなかった。
果たしてターミナル1は本当にZipエアの発着場所だったらしく、そこから保安検査まであっという間だった。あらかじめ手荷物の重量に課金していたのもよかった。
空港価格のドライマンゴーやその他お土産を適当に見ながら水を一本買う。スマホで小説を読んでいたら搭乗の時間だった。日本到着後、預け荷物はないのでスムーズに税関まで行く。完全に税関について失念しており、その場で必要事項を記入して外に出た。
スカイライナーで東京駅に戻り、一息つく。ふとバックに手を突っ込むと濡れた感触では済まないレベルで水浸しだった。ペットボトルの蓋が上手く閉まっていなかったのだ。そして気が緩んでパスポートをそのまま突っ込んでいた。
顔写真だけが見事に剥げたパスポートを継続して使用できるはずもなく、先日再発行の手続きをした。旅行費用10万円+パスポート再発行16,300円で5年ぶりの旅が終わった。